「ただいまー。寒かったよー」
佐祐理が帰ってきた。開けっ放しの襖の奥で、居間の卓袱台に突っ伏していた舞がぼーっと顔を上げる。
寒かったと言いながらも、冷たい水で律義に手を洗ってうがいをして、ようやく佐祐理は居間に入ってきた。
「お昼寝?」
聞かれて舞は気怠げに窓の外に目をやり、
「‥‥‥もう夕方」
間があった割にはズレた答えを返す。いつものこと、ではある。
「あははー、そうだねー‥‥‥って」
そんな答えに納得しかけて、ふと、佐祐理は首を傾げた。
「どうして窓が開いてるの? 今日は何だか、外は寒いよ?」
そういえば、さっきからカーテンが風に小さく靡いていた。
「寒い方がいい」
「どうして?」
「足はあったかいから」
「へ?」
意味がわからない。
思わず考え込んでしまう佐祐理の足元に、ててっと猫が寄ってきた。
「ほえ? 猫さん?」
「あ‥‥‥寒い」
途端に舞が、今度は窓を閉め始める。
「どうして閉めるの?」
「足も寒くなったから」
意味がわからない。
考えるのは止めにして、そこに座った佐祐理は抱いた猫を膝の上に乗せた。猫はすぐに丸くなって眠り始め、そして、
「だからどうして窓を開けるの?」
佐祐理がそう言う間にも窓は開け放たれ、強くはないが冷たい風が部屋に入り込んでくる。
「猫さんが一緒だったら、佐祐理も寝るかな、と思って」
「窓開けて寝たら風邪ひいちゃうよ?」
「でも、この間テレビで言ってた」
慌てて佐祐理は記憶を手繰り始める。
寝ている時に寒いとよい、という意味のこと。
舞の膝の上に猫さんが乗っていると窓が開くこと。
佐祐理の膝の上に猫さんが乗っていると窓が開くこと。
とにかく、猫さんが乗っていると窓が開くこと。
膝から上だけあったかい時に窓が開くこと。
それ以外の時は窓が閉まっていること。
「ひょっとして‥‥‥ひょっとしてそれは、頭寒足熱、のこと?」
だとすれば、佐祐理にも聞き覚えがあった。
「ん」
案の定、舞は頷いた。あちゃー、と小さく呟きながら、ちょっと困った顔の佐祐理が眉間に指をやる。
「極端だなあもう。無理に寒くしなくても大丈夫だよ」
「そう?」
「それに、爪先があったかくないとあんまり意味ないよ? だから閉めよう、窓」
「ん」
窓を閉めに行く舞の背中を眺めながら、
「‥‥‥そうだ。このまま日曜日まで寒かったら、おこた出しちゃおうか? 本当はまだちょっと早いけど」
思いついたことをそのまま言ってみる。
「こたつは、嫌いじゃない」
舞は賛成している、ということが、今度は佐祐理にもすぐにわかる。
そして、まるで自分も賛成に一票入れたがっているかのように、佐祐理の膝の上で眠っている筈の猫さんがみゃあと鳴く。
じゃあ、ついでに冬物も少し出しちゃった方がいいかなあ? ‥‥‥早くも佐祐理は、炬燵以外のことも考え始めているのだった。
|