冬が来た冬が来たと周囲が騒いでいる割に、今日はぽかぽかといい陽気で。
ベンチに座り込んだまま、先程から頻りに携帯電話のディスプレイに表示された時刻を気にしているその少年も、今は何だか眠たそうに大欠伸をかいている。
「ごめんなさい北川さん、お待たせしちゃいましたか?」
「ふわ?」
欠伸の途中で、ベンチの裏から声をかけられて。
「ん? ああ、いや全然待っ」
目蓋を擦りながら振り返った少年は言いかけた言葉の続きを失い、次に、慌てて眠気を覚まそうとでもするかのように三度くらい瞬きをした。
だが彼が待っていた少女の姿は、鮮明さを取り戻した彼の視界のどこにも見当たらない。
そして、代わりにそこに立っているのは、彼が待っていた少女の妹だった。
「代わり?」
不審に思っている内心が丸わかりな表情を隠そうともせず、彼は聞いた言葉をそのまま返す。
「はい。あの、それで許してもらえるかどうかはわからないんですけど、今朝になってから急に、お姉ちゃんに用事ができたのは本当のことなんです」
「そうなんだ?」
「それで、多分北川さんはもう家を出ていると思うし、連絡がつかないだろうから、あなた暇ならあたしの代わりに遊んでもらいなさい、ってお姉ちゃんに言われて、家から放り出されました」
「いや、連絡がつかないって、携帯の番号教えといたのに?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
事情を説明しながら申し訳なさそうに背を丸めていた少女が、問われてさらにしおしおと小さくなる。
「なんで謝る?」
「あの、つまり、その‥‥‥お姉ちゃん、北川さんの番号は、もらう都度、捨てちゃっ、て‥‥‥る、そうで」
力なく頭を抱えながら、少年は立ち上がったばかりのベンチに再び腰を落とす。
「ああっごめんなさいっでも捨ててるの私じゃなくてっ」
泣きそうな顔で弁解の上塗りに勤しむ少女に向かって、いいよ、と少年は手を振った。
手つきがやけに弱々しかった。
「それで、栞ちゃんが代わり?」
「はい」
「いろいろと問題のある人選のような気がするんだけどな、それって」
膝の上でとんとんと指を遊ばせながら、難しい顔をした少年が話を続けている。
「そうなんですか?」
「だってデートって、今日どこ行くかとか、美坂からは何も聞いてないよな?」
「ええ。でも多分、順番に映画館と喫茶店と商店街とレストランを渡り歩くことになるわよ、とは」
「ぐあっ」
「‥‥‥もしかして、図星ですか?」
「よくわかっておいでで」
憮然と呟く。
「それに一応デートなんだし、ほれ、その、何だ、その後とか」
その後、が意味するものについて少し考え込んでいた少女は、不意にぱっと笑って手を合わせる。
「ええと、それに関しては、私の彼氏であるところの相沢祐一さんから伝言を承っています」
「何だあ? 相沢の奴、知ってて栞ちゃんを俺のトコへ寄越したのか?」
「ええ。あいつにそんな甲斐性はないと思うが、俺の彼女に変なコトしようとしたらその場で殺すと伝えておいてくれ、と。ちなみに、襲われる心配とかはしなくて大丈夫よ、とはお姉ちゃんも言っていましたが」
多分、その通りなのであろう。少年は項垂れるが、
「彼女‥‥‥祐一さんの彼女‥‥‥わー」
何かぶつぶつ呟きながら明後日に向かって幸せそうな溜め息を吐いた夢見る瞳の少女には、最早、そこで項垂れている少年など見えてもいないのだった。
「というわけで、北川さん」
今の今まで舞い上がっていた少女がそこで急に真顔に戻った。
「わっ‥‥‥何?」
「もしよろしかったら、お姉ちゃんの代わりに私がおつきあいしますが、いかがですか?」
「うーん」
「そりゃ、確かに私はお姉ちゃんじゃないですし、私も相沢さんの彼女ですから、ええと、その後、とかはいろいろダメですけど」
相沢さんの彼女、の部分をやたら強調して言う。
「でも、お姉ちゃんが素直じゃないのは申しわけないなあって私もいつも思ってますし、何ていうか、いつまでも煮えきらないのは、見てる私たちももどかしくなってきた感じだったので」
彼氏との間柄があっという間に煮え切ってしまった少女の発言には何やら妙な重みがあるようで、少年は苦笑しながら続きを待つ。
「北川さんがよろしければ、お姉ちゃんのこととか、いろいろお話ししておきたいな、と思うんですけど」
そこまで言われては、少年に否やのあろう筈もなく。
差し当たっては予定通り、映画館に向かって歩き始めたふたりだったが‥‥‥今日いちばん長く居座ることになるのは喫茶店じゃないかな、という両人の予想は、示し合わせたわけでもないのに一致していたし、実際、その通りになったのだった。
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