「あ。ちょっと、そこのハルジオンはとっといて、正樹」
「ハルジオン?」
「貧乏草」
「‥‥‥ああ」
合点が行ったように頷いて、正樹は引き抜こうとする手を止めた。
「いいけど、なんで抜かないんだ?」
「好きなのよ私。ハルジオン。そこは陽当たりもいいしね」
「貧乏草が?」
「それが貧乏草なんて誰が言い出したのかしらね」
菜織が首を傾げる。
「庭に生やしとく家は貧乏になる、とか。そんなことないのに」
「わからないけど。迷信なんてそんなもんだろ」
「ま、そうかもね」
例によって『冷たい麦茶が飲み放題』以外に何の報酬もない、実に清々しい草臥れ儲けの末に。
ある部分‥‥‥つまり鳥居の脇のハルジオンを除いて、氷川神社境内の草むしりは無事完了した。
「ほら、ああやって咲いてるの、可愛いじゃない? 勝手に生えてる草だから手入れとか要らないし」
「まあ、そういうのって菜織らしいのかも知れないけどな」
「何よそれ。私が不精だって言いたいワケ?」
「いいえ何でもありません」
石段に並んで腰かけたふたりは、麦茶のコップを片手に何やら言い合いながら、赤い鳥居の足元で風に揺れる小さな白い花を眺めている。
その風景も、あるいはすぐ傍らにいる誰かの存在も、もしかしたら、彼らにとっては報酬のようなものであったかも知れない。
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