ファンタジックお姫様殺人事件  


  

「『お姫様』は『お姫様』として‥‥‥ええと、『ふぁんたじっく』って何でしょう?」
 首を傾げたお姫様の発言に、
「あー、そこからなんだ」
 古びた冊子の埃を払いながら、ラピスが肩を竦めた。
「んー。わかりやすく言えば、別の世界のお話みたいな、って感じのことかな」
 ラピスの知る地球の様子から考えれば、シンフォニアというところも大分ファンタジックであるのだが、
「でも私、シンフォニア以外のお話にはそんなに詳しくないんですが」
 そういうことは、地球を知っているから感じることなのであって‥‥‥シンフォニアで生まれ育ったレティたちには、多分、伝わらない感覚なのだろう。
「ああ、レティシアが詳しくなる必要は多分ないと思うよ。まあ要するに殺される役みたいだから、ほとんどは死体になって転がってるだけ」
「ええええっ! わっ私、殺されちゃうんですかっ?」
「本当に死んじゃうわけじゃないよ。お芝居の台本」
 いちいち真に受けて大騒ぎするレティに、ラピスは苦笑を漏らす。



「平和な剣と魔法の王国で、お忍びで市井に出てきたお姫様が何者かに殺される騒ぎが起きました、と」
 こんこんと、クリフは宇宙船の内壁を叩く。
「‥‥‥こんな建物作っちゃう連中の娯楽にしちゃ、随分とこぢんまりした筋書きじゃないか? コレ作った連中がそういう『剣と魔法の王国』とかにいたとは思えないんだけど」
「ああ、クリフは話が早いなあ」
 無論、それは頷いたラピスの知識には及ぶべくもないが、シンフォニア人にしては正確な現状把握といえた。
「対象年齢がよくわからないからね。もしかしたら子供向けのお伽噺みたいなものだったかも知れないし」
「お伽噺で人は殺さないだろ。『殺人事件』だぞこれ」
「どうかな? 子供向けのマンガ雑誌のあちこちに人殺しのシーンが平気で載ってたような時代もあったし」
 『マンガ雑誌』といわれるものが何であるかをクリフは知らなかったが、
「アカデミーみたいなところではそういう教え方しないだろうけど、外側っていうか、世間の方には何が転がってても不思議じゃないかも」
 そういったディテールはともかく、言わんとするところは大体伝わっているようだ。
「‥‥‥あの、おふたりとも」
 さっぱり伝わっていないレティは、さっきからずっと不安そうな顔をしている。
「『お忍びで市井に出てきたお姫様が』とか、すごーく身に憶えのある感じなんですけど」
「で、殺されるらしいな。ええと容疑者は」
 意地悪そうに笑って、クリフは再び冊子のあらすじに目を落とす。



 街中で突然知り合った吟遊詩人。
 その妹で神官職の少女。
 ふたりの幼馴染みで酒場のひとり娘、
 同じく幼馴染みで、お姫様の護衛を仰せつかった少女。
 黒猫を連れた魔法使いの少女。
 派手好みで保守的な貴族の当主。



「って、おいラピス、これ」
 添えられたメモをざっと読み終えた頃には、流石のクリフもやや血の気が退いたような顔をしていた。
「‥‥‥すごーく、身に憶えのある感じ、だよね」
 別の探し物のために宇宙船の倉庫を整理していて偶然見つけた、というだけの冊子であった。
 中身がこんなことでなかったなら、『見つけた』という事実についてすら、ラピスは口にしなかっただろう。
「まあ、今のレティシアについていえば、そのお話とは大分境遇が違ってるから、大丈夫だとは思うけど」
「ほほ本当ですか? だだだ大丈夫なんですよねっ?」
 もうレティはすっかり怯えてしまっている。
「まあ、役柄は私もクリフも容疑者みたいだから、被害者の人に『大丈夫か』って訊かれてもちょっと困っちゃうところはあるけど」
「うう、そうでした‥‥‥」
「でもまあ、大丈夫じゃないかな? いろんな意味で勝負がついちゃってるし」
「‥‥‥勝負?」
 シンフォニアの玉座。
 レティの婿。
 もしかしたら‥‥‥クリフの嫁。
 お姫様が城下へ飛び出した頃にはすべてが定まっていたわけではないそれらのことも、今はみな、誰かの手の中に収まってしまっている。
「だから、本当に殺されるとしたら今までの間」
「そりゃそうだろうなあ。‥‥‥あんな玉座でいいんなら、言ってくれれば熨斗つけて進呈するのに」
 その上、シンフォニア王は代々、自分が腰掛ける玉座への執着が極端に薄い。本当に玉座が欲しいなら、レティを殺して云々などといった搦め手よりも効果的な策は幾らもあるだろう。
「ん。だから‥‥‥今のレティシアが殺されるとしたら、シンフォニアの王位とは関係ない事件だね、きっと」
「え、それでレティが死んでたら」
 実に簡単な消去法である。
「俺?」
 玉座が無関係で、殺される被害者がレティなのだから、残っているのはクリフだけだ。
「しかもそれだと、容疑者、ひとりしか減らないねえ」
 しかも、実はその貴族の娘が彼を見初めていたことを、ラピスだけでなく、この場の誰もが知らなかった。ということは、動機ある者はひとりも減っていない。
「ひとりしか、って‥‥‥マッシュルーム卿のこと?」
 そこで突然、レティはあることを思い出す。
「まさか、ラピスさんも、諦めてない?」
「どうかな?」
 意味ありげな含み笑い。
「ふえ‥‥‥っ‥‥‥」
「ああこら、泣くなレティ。大丈夫だってば」
 すっかり不安になってしまった王妃が泣き止むまでには、しばらく時間が必要だった。

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