「はい、普通の伝達事項は以上ということで‥‥‥今日はちょっと、みんなに相談したいことがあるんですが」
ある日の朝礼中のことだ。
「実は、ドラマの撮影に、ここの店内と制服を使わせてくれないか、というオファーが来てまして」
手近なテーブルの上に資料をばさりと投げて、如何にも困惑顔の洋一が告げる。
「ええと、このタイトルって‥‥‥どう考えてもウェイトレスですよね? 死んじゃうの」
最初に手を挙げたのは里美だった。
「そしたらやっぱり、犯人はよーいち?」
「待てこら。なんでいきなり俺が犯人だ」
いつものように茶化しにかかっているものの、優希の顔色を見るに、どうもその容疑者と同じ程度には困惑しているらしい。
「え、だってこれ、ウェイトレスは殺されちゃうんですよね? みんな」
「ちょっと奈都子、『みんな』って何よ『みんな』って。奈都子だけかも知れないじゃない」
「えええ‥‥‥殺されちゃうの嫌です‥‥‥」
「だからそこ。なんで自分が本当に殺される話なんか真面目にやってるんだ」
さりげなく被害者を増やしにかかった奈都子に至っては、まるで本当に自分が殺人を宣告されでもしたかのような顔をしていた。
「そうですね。これは確かに難しいところです」
一方で、こんな時でも佳澄は冷静である。
「ロケにお店を使うくらいまではいいと思うんですが、制服まで貸し出すとなると」
「そうなんですよ。それだけ出したら、わかる奴にはわかっちゃいますよね、『ここ』だって」
「‥‥‥うーん」
故に、そこでうーんと唸ったのは、佳澄と洋一のふたりだけであった。
「え、でも、特定してもらえた方がいいんじゃない? お店の宣伝にもなるし」
次に手を挙げたのは優希だ。
「でもこれ、『土曜ワイドサスペンス』の企画なんですよね? ‥‥‥シリーズ物ならまだしも、全国ネットの単発ドラマで突然そんな宣伝されても、宣伝効果とかはほとんどないんじゃないかと思いますよ」
連続ドラマの類ならロケ地を訪ねて遠方から客がやってくることもあるというが、一回きりの二時間ドラマにそこまで思い入れる人がいるとは、取り敢えず佳澄には思えなかった。
「それに、本当にウェイトレスが殺されたとか、近所の人に勘違いして欲しくもないしなあ」
故に、洋一が口にしたようなデメリットばかりが気になってしまう。
「考え過ぎでしょ? そりゃ、食中毒が出ましたとか、そういう話にされちゃうとちょっと困るなあ、とは思うけど。殺人事件なんだよね?」
「殺人事件をありふれた出来事みたいに語る優希の感覚がむしろ恐ろしい」
「ちょっとちょっと、それこそ逆だって。絶対起こんないって感じてることこそ、フィクションだって思えるんじゃない? 幾らフィクションでも、死因が食中毒とかだったら洒落にならないでしょ、飲食店として」
優希の言い分にも一理ある。
「そこは俺も気になって、脚本の話もちょっと聞いてみたんだけど、毒殺らしいんだよな。殺人の手口が」
だが事態の方は、およそ考え得る限り最悪の様相を呈しており、
「うわ。それ、刺殺とか絞殺とかじゃダメなのかな?」
「サスペンスものでは、殺害の方法はトリックそのものと密接に結びついていることが多いですから。多分、そこを変えるためには、丸ごと別のお話にしないと」
「‥‥‥うーん」
結局、ドラマの内容からのアプローチは、一緒に唸る人数をひとり増やしただけに終わってしまった。
「あ、そうだ! 俳優さんは誰が」
再び、里美が挙手。
「それもよくわかんないんだけど、何か、主役の刑事は元横綱とか、そんなような設定らしい」
「横綱って‥‥‥何ですかそれ?」
「ざ、斬新というか、その」
あからさまにがっかりした様子の里美と奈都子だが、
「ウェイトレス役の人も、一応名前も聞いたことは聞いたんだけど、よく知らない人だった。そういや最近あんまりテレビ観てないしなあ」
さらに話を続ける洋一からの情報に、
「予算、少ないみたいですからねえ。ああいうドラマ」
実に正しい、しかし夢も希望もない佳澄のフォローが被さるから、
「いやそんな残念そうな顔されても」
最終的には苦虫を何匹か纏めて噛み潰したような顔にならざるを得ないし、
「‥‥‥うーん」
結局は、この場の全員で頭を抱えるようなことにならざるを得なかった。
「で、どうしようか」
なかなか纏まらない話をぐだぐだと続けながら、全員が時計を気にしている。
「やっぱり、誰が殺されるのかにもよるかなあ」
「まだ言ってるのかよ。死ぬのは役やってる女優さんで、別に俺たちの誰でもないってのに」
「でも犯人はよーいちなんでしょ?」
「だから何でそうなる! そんなに自分とこの店長が信用ならんのかお前はっ」
「まあまあ。続きはまた閉店後にでも」
そうして佳澄が無理矢理纏めたところで、
「そうしましょう。さあ、とにかく今日も開店!」
『バイナリィ・ポット』はちょうど、今日の開店時間を迎えた。
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