午前零時の酔話  


  

 ちょうど零時を回った頃、玄関先でばたばたと物音。
「あ、お帰りお姉ちゃん」
 言いながら麻衣が居間から迎えに行くと、
「ただいま‥‥‥っていうか麻衣ちゃん、ちょっ‥‥‥手伝っ‥‥‥」
「うわ、カレンさんも?」
 そこにへたり込んでいるのは『お姉ちゃん』ひとりだけではなかった。



「ごめんなさいね。こんな風になっちゃう回数が最近ちょっと多いって、わかってはいるのだけれど」
 そう言いながら、さやかは居間のソファにカレンを寝かせる。
「それはいいけど‥‥‥うん。大丈夫なことは大丈夫だよ。わたしもお兄ちゃんも、お姉ちゃんが思ってるほど迷惑はしてない」
 キッチンからは、最初に麻衣の声だけが聞こえて、
「お仕事忙しいのわかってるし、息抜きできるのもいいことだから、お酒くらい好きに呑んだらいいって、多分お兄ちゃんだって同じこと言うと思うけど」
 次には麻衣が、ふたつの湯呑みと一緒に戻ってくる。
「だけど、大丈夫だけど、でも心配にはなる、かな」
「そうね。‥‥‥達哉くんは?」
「部屋にいると思うよ。勉強してるんじゃないかな」
 起きていれば、先程の物音を聞きつけて、そろそろ階段を降りて来ている頃だ。
「そう‥‥‥」
 さやかは階段の方へ目をやる。
 つられて麻衣もそちらを見つめるが、達哉が降りて来そうな気配はまだない。
 あるいは、今晩はもう眠っているのだろうか。
「やっぱり、お兄ちゃんとフィーナさんのこと?」
 だから、ここに達哉はいないとわかっているのだが、それでも麻衣は声のトーンを落としてしまう。
「ええ。その件についてだけいえば、カレンの立場くらい孤立無援なポジションはないもの」
 釣られてさやかも声を潜めた。
「え? 孤立無援って、でもお兄ちゃんとかフィーナさんは味方してくれるんじゃないの?」
「そうね、表面的には」
「‥‥‥表面的?」
 微妙な言い回しに麻衣が首を傾げた。
「達哉くんもフィーナ様も、直接カレンには何も言わないそうよ。どんなに会いたいって思っていても。それは多分、月王宮の公的な事情と、私人としてのフィーナ様や達哉くん、その間で板挟みになっているカレンの負担を、これ以上重くしないためね」
「ああ‥‥‥」
 願った通りに許嫁になれただけでも『奇蹟的』としか言いようのないふたりだ。何しろ、月王国のお姫様と地球の一般市民。これ以上の身分違いも、ふたりを隔てる距離がこれより遠い遠距離恋愛も、少なくとも今、この世のどこにも存在し得ない。
 国の礎すら揺るがしかねない我侭を、月の王宮は先に許してくれたのだから‥‥‥婚約しているとはいえ、この後一年、まあ長くてもきっと二年くらい、遠距離恋愛になっちゃうくらいは仕方がないのかも、などとも麻衣は考える。
 まさか婚約から挙式までの期間が実際には八年にも及ぶことになるとは、麻衣はもちろんのこと、達哉やフィーナですら考えていなかっただろう。
 だが、後から史実を確認する限りでは、それは一年や二年の話ではないのだった。
「そうね。痩せ我慢でも、そういう振る舞いに徹することができるのは立派だわ。ふたりとも自分の立場をよく弁えている。でもね」
 無論、この先のふたりを隔てる八年という時間のことは、さやかもカレンもまだ知らないのだが、
「会いたい気持ちを我慢できるっていうこととは、会いたいって思わないこととは違うでしょう?」
 だが、小さく笑いながら、さやかは人差し指を立ててみせた。
「わたしとふたりでお酒呑んでるとね、近頃カレンは似たような愚痴ばかり言っているわ。『おふたりとも、一体何のために私がいるとお思いか』とか、『ご自身で発見なさった裏ルートもあるというのに、何が楽しくてあのように離れ離れのまま、行儀よくしておられるのかしら』とか」
「え? そ、そっちなの?」
 意外な言葉であった。
「『会えない時間が長すぎて、ふたりの気持ちが冷めてしまうようでは元も子もないのよ。私をこき使うだけで済むなら安いものでしょうに、何だかこれでは働いている気がしないわ』とかもね」
「うっわ‥‥‥」
 麻衣の中のカレン像とあまりにもかけ離れた言い様に、思わず麻衣は絶句する。
「って、あれ? でもそれなら、今の話をお兄ちゃんにそのまま教えてあげ」
「それは駄目」
 まだ伸ばしたままだった人差し指の先で、さやかは麻衣の唇に触れた。
「話していいならとっくに話してるわ。聞こえないように言っても意味のないことだもの。でも、話していいようなことなら、わたしにだけ愚痴る必要はないんじゃないかしら?」
「‥‥‥それもそうだね」
 もう一度、麻衣が階段に目をやる。
「起きて来ないね、お兄ちゃん」
「寝かせておいてあげましょう。さて、カレンに布団を」
「あ、わたしも手伝うよ」
 そうして居間は静かに慌しさを増していったが、すうすうと寝息をたてるばかりのカレンにも、自室に篭もっている筈の達哉にも、目を覚ましそうな兆候はないようだった。

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