「わあ‥‥‥ほら達哉さん、月が」
玄関の扉を閉じるなり、ミアが夜空を指差す。
「あれ、今日は満月か?」
達哉の目にも、今夜の月はいつもよりもちょっと大きくて明るい、ように視えた。
「こうして月を見るといつも思うんですが」
言いながら、ふ、と息を吐く。
「わたし、あんな遠いところから来たんですね」
「でも、月にいた時は地球が空にあったわけで」
「そう、そうなんです! あの時ずっと見上げていた地球で、今、わたしが暮らしているっていうのも、何というか、不思議な感じで」
「そっか‥‥‥」
達哉は頷くが、だが多分、わからないのだ。
その『不思議な感じ』を達哉が本当に理解するのは、ふたりが月で暮らし始めた時だろう。あるいは月でなくても、満弦ヶ崎でない別のどこかへ引っ越した時か。
暫く前に達哉の実家を離れ、築年数が達哉の年齢を上回るような古いアパートの一室を借りて暮らし始めたふたりだが、そうはいっても、そこも満弦ヶ崎。実家から歩いても十分とかからないような場所だ。
つまり、少なくともそれは今ではない。
「ミアは凄いな」
だからきっと、その時達哉が何を想ってそう口にしたのか、ということも、ミアには伝わらないことなのだろう。
「え? ‥‥‥あの、え? 何がですか?」
案の定、想定外の言葉を唐突に耳にして、ミアは目をぱちくりさせている。
「ああごめん何でもない」
「えええ‥‥‥」
何か訊きたそうに眉根を寄せて、でも結局、その時はそれだけで。
「それじゃ、行きましょうか達哉さん」
「ああ、うん」
「今日もたくさんお買い物ですよー」
籐編みの篭を提げ直して、くるりと通りに向き直って、
「‥‥‥あの、達哉さん」
「え?」
「いつか、伝えてくださいね。今は言えなかった気持ちのこととか」
「あ‥‥‥」
ひとりごとのように呟いて、ゆっくりと、ミアは歩き始める。
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