例年のことだが、音響設備の何もない屋外のステージは、「音が散る」とか何とかいう事情で他の部があまり使いたがらない。
文化祭二日目の今日も、校庭特設ステージはほとんど軽音部の独壇場と化していた。だから、歌っているのは軽音部の誰か、である筈だ。
『似たよなこと 何度繰り返して いったいどこに辿り着けるの tell me......』
‥‥‥ふと聴こえた歌声に、先に足を止めたのは名雪だった。
祐一と一緒に歩いていた渡り廊下から、校舎の向こうにある校庭を透かすように目を細める。
「ああ、あれがそうか」
「え? 祐一、知り合い?」
「そうじゃなくて。多分一年なんだよ、今歌ってるの。何て言ったっけな、名前も聞いたんだけど憶えてないな。ええと、おり‥‥‥く‥‥‥何だっけ」
言われて名雪は、祐一に向けていた目をもう一度校舎の向こうに戻す。無論、そこには相変わらず校舎があるわけで、校庭の様子が見えている筈もないのだが。
「へえ。一年生でも、上手な人はいるんだね」
「いや、何があったか知らないけど、ある日いきなり上手くなったとかって軽音の奴が騒いでたんだ。ついこの間まではなんか先輩のバンドにくっついてギターの練習してて、その頃は全然ステージに上げられるような腕前じゃなかったらしい」
「え‥‥‥? でも、あんなに上手だよ?」
「それが何日か前にいきなり、ひとりで演るからステージ空けてくれって言ってきて。まあ当然先輩と一悶着あって、じゃお前何か演ってみろって言われて、演ったのがアレで。おかげでタイムテーブル組み替えるのが大変だったとか聞いた気がするけど」
祐一が指差すものも、別に校舎の窓ではなくて。
そうして。
祐一と名雪は渡り廊下の手摺りに凭れたまま、結局はその誰かの演奏が全部終わるまで、校舎の向こうで歌う声に耳を澄ましていたのだった。
ステージを降りていく誰かの足音を拾うマイクが、校庭だけでなく、校舎のあちこちから沸き起こった拍手を一緒に拾い上げたのは、そんな風にして足を止めたり手を休めたりして聴き入っていたのが、祐一たちだけではなかったから、だろう。
「そういや曲がブルースばっかりだったな」
「そうなの? きっと好きなんだね」
「詳しいことは俺もよく知らないけど。‥‥‥ああ、ブルースっていえば、真夜中、真っ暗な十字路に悪魔がいて」
歩きながら、祐一はしかめつらしく腕を組む。
「何の話?」
「魂と引き換えに腕前をもらった奴がいる、とかいうアメリカの話も聞いたことがある」
「え、じゃあ、さっきの人も?」
「ブルース以外は歌わない契約、とかしてたのかもな。そういう悪魔と」
‥‥‥真顔になって祐一の顔をじっと覗き込んでから、
「やだ。変なこと言わないでよ」
今度は呆れたように笑いながら名雪が祐一の背中を叩いた。
「すぐそうやって揶揄うんだから」
「いや‥‥‥まあ、うん」
十字路伝説、なんて本当に聞き齧りの知識だったから、祐一はあまり追求されないうちに、曖昧に言葉尻を濁しておくことにした。
拍手に混ざった蝙蝠の羽音のような微かな音は、どうやら、誰にも気づかれることはなかったようで。
本当に魂が何割か抜けてしまったかのような極端な虚脱感に呆然としたまま、ゆらゆらと階段を降りる男子生徒の覚束ない足取りなどが、例によって名雪や祐一のいる場所から見えていた筈もなく‥‥‥入れ違いにステージに駆け上がった次のバンドがすぐに演奏を始め、文化祭は再び、文化祭らしい活気の中へと戻っていくのだった。
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