「なあ多香子、ちょっと聞きたいんだけど」
「何? ボク今忙しいから、難しい話は嫌だよ?」
拭き掃除に忙しい多香子は、その時点では振り向きもしなかったが、
「いや、大した話じゃない。籤のことなんだけどさ」
「籤って? お神籤のこと?」
「ああ」
「籤がどうしたの?」
「あれ、大凶はどれくらいの確率で入ってるんだ?」
そこで初めて、怪訝そうに多香子は振り返る。
「なんで宮司がそんなコト知らないのよ。‥‥‥どれくらいだと思う?」
「わかんないから聞いてるんだろ」
「自分で数えてみたら? ボクと違って暇でしょ?」
「ったく、ちょっと忙しいとコレだからな多香子は。わかったわかった、亜美にでも聞くよ」
「亜美だって忙しいんだから、あんまり迷惑かけちゃダメだよ?」
へいへい、と適当に答えながら宮司は背中を向けた。
「ったく。多香子の機嫌ときたら、大凶引くより始末に負えないぜ」
「引いたコトなんかないくせに」
遠くなる声に向かって多香子は呟く。
「だから、それを引いちまったからわざわざ聞きにきたってのに」
返答があるなどとは想像もしていなかった多香子の耳に届いた捨て台詞は、
「‥‥‥ひ‥‥‥引いたぁ?」
だが、多香子の予測の範疇からは最も遠い事実を語っていた。
「引いたって、どうやって!」
素っ頓狂な声を上げて、思わず多香子は床の布巾から手を離す。
「どうやってもこうやってもあるか。引いたら出てきた棒がそうだったんだから仕方ないだろ」
「だからそんなワケないって!」
「そんなワケないってどういうコトだよ」
「ないったらないんだよ! あれは‥‥‥あ、わかった宮司、ボクをからかってるな?」
いきなり相好を崩した多香子はわざとらしく肩など竦めてみせた。
「まだ言ってんのか。もういいよ、わかったわかった」
いい加減に手を振って、宮司はその場を離れていく。
「確率も何も、大凶なんて最初からひとつも‥‥‥だって、そんなの入ってない、筈なのに」
嘘をついているようにはまったく見えない宮司の背中に、多香子の呟く声も今更届きはしなかった。
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