拝啓 残暑厳しい折、皆様いかがお過ごしでしょうか。
こちらの酷暑は最早東京名物になりつつある、と最近友人から聞きました。暑さに不慣れな私には何とも不快な季節、正直なところ、あまり嬉しくはありません。それでも、この亜熱帯のような東京にもやがては秋が来るでしょう。涼やかな風の吹く季節を今から心待ちにする日々ですが、それはそれとして、こちらもそれなりに元気に過ごしております。どうぞご心配なさいませんよう。
さて。今回は故あってお手紙を差し上げました。お手間を取らせてしまい申しわけありませんが、暫しお付き合いくださいますようお願い申し上げます。
率直に申し上げて、今、私は迷っています。
あの子たちを救うという行動は、基本的には延命によって成就するものと当初私は信じておりました。ですから、私が獣医を志し、高校卒業後に上京して現在の大学、学部に進学させていただいたのは、それに関する適切な方法論を身につけるためです。上京前にお話しいたしました通りですし、目的がそれである限り、私の選択が間違っていなかったであろうことは、私自身、今でも信じるに足りるところです。
ただ、最近になって、もうひとつ思うところがあるのです。
延命措置など、私ひとりの自己満足が充足感を得ることにしかならないのでは、と。
生命よりも大切な何かを私たちに伝えるために、奇蹟と呼ばれる何かに自らの生命を差し出すことさえ、あの子たちは厭いませんでした。それが考えようによっては単なる自殺であるとしても、あの子たちが実際にそうしてきたことは疑いようのない事実です。つまり、別にあの子たちは生命が欲しくてそんなことをしたのではない、とも思えます。ですから、生きていて欲しいのはあくまでも私たちの方であって、あの子たち自身の願いはそんなことではなかったと考えることもあるのです。
しかし、ならば本当に私はこれでいいのかと考える時、際限のない不安に竦みそうになります。
本当に私は、獣医になることであの子たちに何かしてあげることができるのでしょうか?
あの子たちに必要なのは、もしかしたら医学や生物学などではないのではないでしょうか?
それでも私はこれでいいのでしょうか?
私の自己満足。あの子たちのしあわせ。
その間のどこに線を引いたら、あの子たちのために私のするべきことがわかるのでしょうか?
両親の反対を押し切って上京するにあたり、応援してくださった皆様には本当に感謝しております。だからこそ、いただいた恩を仇で返すようで心苦しくも思うのですが、あるいは学籍を他へ移すことも止むを得ないかと考えることもあります。
いえ、今すぐにそれをするということではなく、最終的にはそういう方法を採ることもあるかも知れない、ということです。ですが、医療のような目に見える技術でなく、学究の方向であの問題と対峙する時、相応しい肩書きを持つのがどの学部なのかもわからないので、移籍しようにもどこへ行ったものやら皆目見当もつきません。それに、ここで簡単に投げ出してしまえるような軽い決意で獣医を目指したわけでもないつもりです。一応、成績が悪いとか、他に何かの問題があるとかいうことも特にありませんし、悩んでいるのも迷っているのも本当ですが、そういった不安や問題に決着がつかないうちは、取り敢えず今のままできることを精一杯頑張ってみようと、今はそのように考えております。
大変情けないことですが、これが今の私です。
しかし、だからといって、誰かにその答えを教えて欲しいわけではない、とも思うのです。こんな風に私がひとり東京で頭を抱えているのも、私があの子たちのことを忘れていないからであることは間違いありません。そして、もしかしたらそれだけでよかったのかも知れない、と考えることもあります。
そういったことを今になって思い返してみると、あなたは最初からそこまで承知の上で、私を送り出してくださったのではありませんか?
だとすればやはり、あなたの強さを羨ましく思っているうちは、私はそこへは戻れないのでしょう。お盆や年の瀬にもご挨拶にお伺いしない不義理を重ねることになるかと思いますが、その点は何卒ご容赦いただきたく思います。
とりとめのない話になってしまいましたが、お付き合いくださいましてありがとうございました。この辺で筆を置かせていただくことにいたします。
夏の風邪は治りづらいものです。残暑の折ですが、皆様お体には充分にお気をつけくださいませ。
敬具
平成××年××月吉日
天野美汐
相沢様
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