ふと振り返ると、開けっ放しの襖の向こうから舞がじっと佐祐理を見つめている。
もうすぐできるからねー。舞に笑いかけて、それから佐祐理は左手の中華鍋に目を戻す。
高校を卒業した舞と佐祐理は、新しく通うことになった大学の側に六畳二間の古びたアパートを借りて、ふたり暮らしを始めた。
佐祐理の親元から振り込まれる、家賃に充てればあと三部屋は多い新築マンションにだって住めそうな月々の仕送りに、佐祐理は一度も手をつけていない。おかげでふたりとも、アルバイトに追い回されるような日々を慌ただしく過ごさなければならなかったが、ふたりとも、それが不幸だなんて考えたこともなかった。
どうして私と舞だったんだろう。時々、佐祐理は考える。
今にして思うと、佐祐理にとって舞は、しがらみを持たないことへの憧れ、ひとりでも生きていける強さ、そんなものの象徴だったかも知れない。そんな寂しい強さなんか舞は望んでいないとわかっていて、でも‥‥‥すべてを振り払ってひとりの力で生きることを半ば諦めていた佐祐理には、舞の姿はそれでも結構眩しかったように思える。
誰かに設えられた世界から抜け出して、ただ、この足で歩いてゆくこと。
たったそれだけの簡単なことが、いざやってみるとやはり難しかったけれど。
今までずっとそうやってひとりで歩いてきた舞に、これから佐祐理も追いついていけるだろうか。
もう一度、佐祐理はそっと振り返った。
相変わらず佐祐理の背中を見つめたままだった舞が小さく首を傾げた。
もうすぐできるからねー。同じ言葉を繰り返しながら佐祐理は中華鍋に向き直る。
大丈夫。一緒だから。
背中越しに小さく呟く舞の声が聞こえた。それはきっと、もうすぐ夕食の支度が終わることに対する返答ではない、ということが佐祐理にはわかっていて、だから佐祐理は、目の端から零れそうになった雫をさっきまで俎上にあった玉葱のせいにして、大袈裟にエプロンの裾で目元を拭った。
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