ふと目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。
それ自体は時々起きることだ。自分の身体は自分ひとりのものではない、とリースにはわかっている。多分、フィアッカ様がどこかへ出掛けたのだろう。
「ん‥‥‥」
夜明け前の薄明かりに淡く照らされた、妙に窮屈なベッドの上を、開ききらない目で眺め回す。
すぐ目の前は部屋の壁だが、何故だか、自分と壁の間に、見えない誰かが眠っているような気がする。
頭の下にあるのはきっと、その見えない誰かの腕なのだろう。
それから、何故かリースが抱きついていた枕ごと、さらに後ろからリースの身体を抱きかかえている、別の誰かの腕。
ひとつのベッドの上にこれだけ人がいれば、窮屈なのは当たり前であった。
「起きたのか、フィアッカ?」
前から達哉の声が聞こえる。頭の下にあるのは、どうやらその達哉の腕のようだ。
「‥‥‥タツヤ?」
「ああ、リースの方か」
寝惚けたような声なのに、言っていることは妙に鋭い。
「どうしてわかった」
「別に、わかるだろそれくらい。家族なんだから」
欠伸混じりに呟いて、それから、リースの頭を自分の腕に乗せ直す。
「見えない」
「昨夜フィアッカに消された。ああそうだリース、元に戻してくれないか? 何かそういう機械でやってるんだろう、これって?」
「フィアッカ様? ‥‥‥それなら、多分これ」
何やらごそごそと、自分の髪のあたりをまさぐる仕草。
ややあって‥‥‥達哉自身にも見えていなかった達哉の姿が、ベッドの上に像を結んだ。
「それより、どうしてフィアッカ様がここに? それにこの、後ろの」
「フィーナだよ」
「だからフィーナがどうして」
不機嫌そうに言いながら、しかし、達哉の腕から離れようとはしない。
「昨夜、この部屋に来たことは、リースは憶えてないんだよな?」
「ん」
「だからリースじゃなくて、本当はフィアッカを叱ってやらなきゃいけないことなんだけど。聞いてるんだろう、フィアッカ?」
リース自身の意志に拠らず‥‥‥リースは目を閉じて、こくり、と頷く。
「寂しいなら『寂しい』って言えよ。お前がどう思ってるか知らないけど、それは別に、言っちゃいけないようなことじゃない」
おとがいに空いた手を添えて、達哉はリースの顔をじっと見つめる。
「言っていいんだ、フィアッカ。だから、自分の気持ちを誤魔化す道具に使うために、誰かを陥れるような真似はもうするな」
達哉の言葉に頷く代わりのように、後ろからリースを抱きしめるフィーナの腕に少し力が篭る。
「しかしな、タツヤ」
次に目を開けた時、リースの瞳は、薄暗がりでもわかるくらいの朱に染まっていた。
フィアッカの瞳だった。
「まあ、人恋しくないとは言わない。そういう気分になることもある。だが、私とはそういうものなのだ。家族や、恋人や、そういった繋がりは、他人よりも長い時を生きる私や、リースリットには」
「必要ないんだったら、なんで俺の枕なんか抱いて、泣きながら寝てるんだ」
「え‥‥‥あ」
まだ抱いたままだった枕から慌てて手を放すが、枕ごと抱え込まれたフィーナの腕のせいで、フィアッカの手を離れた筈の枕はどこへも転がらなかった。
「だから今晩は、フィーナにもこっちに来てもらった」
フィアッカのおとがいを離れた指が、フィアッカの上から伸びるフィーナの手に触れた。
「漢字がわかんないと意味わかんないかも知れないけど、ここの国じゃ、こういうのを川の字っていうんだ。親子はこうやって寝るんだよ」
「な、何を言い出すかと思えば馬鹿者。親子とは何だ親子とは? 私が一体、何年こうして生きてきたと」
「確かに、年齢はそうかも知れないけれど」
不意にフィーナが口を挟んだ。
「一緒に眠ってくれる人がいなくて、それが寂しくて泣いてるような子に、そんなことを言われても説得力はありません」
口の悪い言いようだが、その声には、どこか慈しむような響きがあった。
「フィーナ姫まで何を‥‥‥」
「私がこうしたかったからここにいるのよ、フィアッカ。そうでないなら、達哉を帰さないことも、私だけ引き返すこともできたんだもの」
もう一度、フィーナはリースの身体を抱き直す。
「ここで眠っていたあなたを見て、私も、達哉と同じことを思ったの。あなたが‥‥‥あなたたちが、長い、孤独な時間を生きているなら尚更、寂しい気持ちを共有できる人も、時には必要なのではないかしら」
「‥‥‥馬鹿者」
もう一度悪態を吐いて、フィアッカは目を閉じる。
「おやすみ、フィアッカ、リース」
今はどちらだかわからない少女の頭をそっと撫でる。
薄暗いせいで見た目にはよくわからないが、それでも、満更でもなさそうに口元を緩めたのを、達哉は視た気がした。
「それから、フィーナも」
「ええ。今ならまだ、しばらく眠っていられそうね」
リースの身体越しに、フィーナと達哉は手を繋いだ。
「でも明日、ミアが起こしに来たら何て言うかな、これ?」
「そうね。説明に苦しむ状況ではあると思うけれど」
さして困った風でもなく、くすくす笑いながらフィーナはそう言う。
「そのことは起こされてから考えましょう」
「まあ、そうだな。それじゃおやすみ、フィーナ」
「おやすみなさい、達哉」
大きいくせに妙に窮屈なベッドは、不思議と居心地の悪いものではなくて。
自分の正面と背後で囁き交わされる声を聞きながら‥‥‥一度だけ、心の中でだけ、ふたりに「おやすみ」と呟いてから、フィアッカは再び、眠りの淵に沈んでいった。
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