「ねえ渡瀬ー、バレンタインだけどー」
教室のどこにいても聞こえるような大声で、松永の声が訊ねていた。
放課後で人が減ってるのはわかるけど、でも内緒で訊くとかそういうのないのかな。
「ホワイトチョコとビターだったらどっちがいいー?」
もしかしたら牽制なんだろうか。
自分以外は誰もチョコ渡すな。
「えー? ホワイトチョコかなー」
聞いた亮太の方はもう、何というか、適当に言ってるのが丸わかりの生返事。
「あれ渡瀬? あたしが訊いた時はビターがいいって」
今度は鈴本が不審そうに言うけど、
「どっちでもいいかなー」
当の亮太はあくまで適当。
どう見ても自分に気がない、こんな適当な返事しかしないようなのが、いっつもいっつもいっつもいっつも、なーんでこんなにモテるんだろ。
幼稚園に入るよりも前から、もうじき中学も卒業しちゃうっていうこの頃までずーっと一緒の、要するに恋とか愛とか関係ないとこで既にほとんど家族のあたしには‥‥‥ああ、それだからかも知れないけど、その辺のことは正直ちょっとよくわからない。
「何よー。せっかくチョコあげるって言ってるんだから、ちょっとは嬉しそうにしてよー」
「そうよー。まったく毎年毎年ー」
こんなんで毎年毎年チョコもらえるっていうんだからいい御身分。
「もうちょっと愛想よくしたら? もらえるんでしょ?」
脇をすり抜けざま、小声で囁いてみる。
「だーってチョコとかもう食い飽きてるしさー」
で、それを松永にも鈴本にも聞こえるように言うとか、こいつ一体どーいう神経してるんだろうなあ。人間って難しいわ本当。
「ちょ、こらちょっと待ちなさいよ風祭!」
そのまますーっと通り過ぎようとしたけど、やっぱり、逃がしてはくれなかった。
「毎年渡瀬に何か渡してんでしょ? 何渡してんのよ。何渡したら喜んでくれるのよ、言いなさいよ」
「へ? 別に、何も渡してないよ?」
本当にそうだからそう言ってるんだけど、
「嘘ばっか」
すっごい上から目線でばっさり言い捨てられた。うっわ、何を根拠にそのような。
「渡してないよねえ、亮太?」
振り返って訊いてみる。
「あー? うん、もらってねーけど」
いつものように適当に、亮太が答える。
「って本人が言ってるけど」
「口裏合わせてんでしょ」
だーかーらー、その自信は一体どっから湧いて出るのかと。
「それとも何、渡してないって証拠でもあるの?」
‥‥‥『ない』ことを証明しろって言われたのは流石に初めてだ。
「ないけど」
何をどうやればいいんだろうそれは。
というか、そんなこと証明って本当にできるんだろうか。
『ある』ことならまだしも、『ない』ことの証明って。
「何よ。できないんじゃない」
ふん。
鼻で笑われた。
「そりゃあさ、証明しろって言われても何もないけど、松永さ」
ああもう‥‥‥本当ムカつくわー。
「何よ?」
「そうやって無駄に鼻高々なとこ全部、亮太に見られてる自分のことはどう思ってるわけ?」
当然亮太は、さっきまでとちっとも変わらないやる気なさそうな三白眼で、やる気なさそうに、でもじーっとこっちを見てた。
「そういうのが、亮太に喜んでチョコもらってもらえる可愛い自分だって松永が言うんなら、あたしは別に止めないけど。どっちでもいいし」
今頃慌てて周囲をきょろきょろ。
「‥‥‥っ! あ、ちょっ渡瀬、違うの、これはっ」
まあ、見られてるよねえ。一部始終ぜーんぶ。
「そっちに向かって頑張んなよ。あたし相手に何か言ってる場合と違うでしょ。じゃね亮太」
「おー。あー淳子、今日あとで飯ー」
「はいよー」
明らかに凍りついてる教室の空気から、あたしはとっとと脱出した。
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