ignited.  


  

 イベント会場の中を歩いて回る道すがら、
『一〇〇回目の開催を記念して、このペーパーは炙り出しになっています。まずは火にくべてみましょう』
 そう書いてあるペーパーを受け取ったとしたら、
『紙全体が満遍なく火に当たるようにしてください。隅々まで真っ黒に焦げた状態が望ましいです』
 受け取った側はどう処するべきなのだろうか。
『あ、だからといってイベント会場の真っ直中でいきなり火を起こすのは感心しませんよ? そういう危ないことはトイレでこっそりやってください』
「トイレで火ぃ点けるのもダメだろ」
 うっかり呟いてしまい‥‥‥呟いてしまったことが何だか気恥ずかしくて、それとなく左右を見回してしまう。幸い、僕の声は誰にも聞こえていなかったようで、盛況の館内を回遊する人々に僕のことを気にかける様子はなかった。
「大体、百回と炙り出しって何の関係が」
 誰にも聞かれていなかった安心感からか、もうひとこと、呟く声が口から零れ出る。
『‥‥‥もしかして、今、疑ってますね? 例えば、このペーパーは本当は火にくべるんじゃなくて水に漬けるんじゃないかとか、炙り出しじゃなくて透かしなんじゃないかとか』
 とか書いてあるのを目にしたもんだから、次の瞬間には、遠くの壁に開いたシャッターの開口部から差す光に紙を透かして視ようとする僕がここにいる。
 だが無論、それで何か秘密の文字列が視えたりとかいうことは特になく、
『残念でした☆』
「こ‥‥‥この語尾の☆がムカつく‥‥‥っ」
 言いながら、脳裏にあるのは『死せる孔明、生ける仲達を走らす』という言葉だ。
 思えば『語尾の☆がムカつく』と僕は口走っていたのだが、それは本当に☆がムカついたからなのか、あるいは明らかに僕が仲達の役回りにあるからなのか、我がことながら、そこは今ひとつ明瞭でない。
『というわけで、まずはライターを調達しましょう。あ、マッチでもいいですよ。そう、木屑同士を擦り合わせる原始的な手法など如何でしょうか? 趣があっていいかも知れませんね』
 またも周囲を見回してしまうが、無論‥‥‥火が点いたら全焼の危険しかない同人誌が中心の即売会場に、マッチだのライターだのを売り物として出すサークルはひとつもない。
『ちなみに、この会場内で着火する道具を調達するのはちょっと難しいんじゃないかと思いますよJK。ここまで読んでうっかり左右のサークルを見回してるあなた、ひょっとしてアホですね?(笑)』
「‥‥‥かっこ、わらい」
 孔明が頭いいというよりも、これは仲達の方が、つまりは僕がアホなのではなかろうか。
『なお、ここでいうJKは「常識的に考えて」→「常考」→JKの方ですよ? すぐ脇を通り過ぎる女子高生のことを指しているのではなくて』
 ちょうど、ペーパーに書かれた文章のその部分を目で追っていた僕の左脇を、GWの最中だっていうのに何故か白いセーラー服姿の少女が追い抜いていった。
「え」
 なんで僕は、このタイミングで都合よく女子高生と行き違うのだろう。
『って読んだ途端に制服姿の女の子と擦れ違ったら、驚くんでしょうねえ、きっと。それが本当に女子高生かどうかなんて、確かめないとわからないのに』
 っていうか、さっきから一体何だこの事態。
 ‥‥‥そこでふと思い立って、僕はペーパーを裏返す。考えてみたらどこで受け取ったのかよく憶えてないが、このペーパーが『ペーパー』であるからには、サークル名なり作った人なりの情報がどこかに、
『ところがどっこい、裏返しても奥付とかはないんですよ? これは本じゃなくてペーパーなので』
 なかった。
『だから「炙り出し」だって書いてるじゃないですか何度も。諦めて熱源を探す作業に戻るのが吉です♪』
 代わりに、わざわざ奥付風に仕切られた枠の中に書いてあったのがソレだった。
「孔明‥‥‥っ!」
 第三者的にはまったく意味がわからないであろうことを今度ははっきり呟いて、僕は一〇〇回記念の展示コーナーへ向かう。そこにはこの企画に参加しているペーパー全部が展示されている筈で、つまり、これを作ったのがどこのどいつか、という情報にいちばん近い場所である筈だ。多分。
「走らないでください! 場内走ると危険です!」
 スタッフの声を華麗に聞き流しつつコーナーに駆け込み、そこに置いてあるペーパーを片っ端から漁るものの、何故だか、同じものは見当たらない。
「あれ?」
 いま気づく方もどうかしている、という話ではあるのだが‥‥‥そういえば企画に参加しているペーパーには共通する特徴があって、どれもこれも肩のところに座標とサークル名が書かれたロゴがついている。
 こんなの、あの紙にもついてたっけ?
 つーか最初からここ見ればよかったんじゃ?
 と思ったが‥‥‥思った時には、さっきまで左手に握っていた筈のあのペーパーが消えている。まあ案の定といえば案の定、たった今僕が散々かき回したペーパーの海の中に、持ってきたそれも紛れ込んでしまったようだった。
 落胆しつつイベント会場を出た僕は、何とはなしに、ズボンの左ポケットから例のペーパーを取り出し、
「あれ?」
 どうして、そこにソレがある、と僕は知っているのか‥‥‥首を捻り捻り、折り畳まれたそれを開くと、
『さ、大人しくライター買いに行きましょうね』
 ペーパーに書かれた文章はそれで全部だった。

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