alone  


  

「孤独が好きなのね、きっと。」自分でない誰かについて語っているような不確かさで、いきなり彼女は、ぽつりとそれだけを言った。‥‥‥もしかしたら屋上は違う世界なのかも知れないと思うことがある。ここは、学校として構築された環境の中では唯一の、空、という異界の法則に従う場所。出会うでも出会わないでもなく、結果としてたまたまここで鉢合わせた、というそれだけの理由で、特に必然も必要もないまま、ふたり並んで異界のフェンスに凭れている僕と彼女は、今ここで出会うまではお互いに顔も名前も知らない同士だった。だから、何故彼女がそんなことを言い出したのか、なんて僕は知らない。もちろん、何故ここにこうして彼女がいるのか、それさえも。「あなたは?」不意に彼女が僕を見る。さて僕は、孤独は好きかと聞かれているのか、孤独が好きだから邪魔しないでと言われているのか。割と無表情な彼女の顔から、僕は視線の向きを読み損ねていた。彼女は僕の顔を見ている、と、思う。不確かだ。どうして彼女はこんなにも不確かなんだろう。「孤独は嫌い?」問い直す彼女。そっちを聞かれていたのか。だったら僕は。‥‥‥僕は。「わからないな。孤独は好きじゃないと思うし、でもひとりになりたい時もあるよ。どっちかだけ、なんて多分、僕には選べないと思う。」玉虫色の答えって奴かも知れない。そして彼女は顔色ひとつ変えない。何と答えてもきっとそうだったんだろうけど。何だか、試されているようで不安な気持ちになる。ってちょっと待て。何をそんなに焦っているんだろう僕は? 初めて会ったばかりで何ひとつ知らない、得体の知れない女の子相手に。「そう‥‥‥」それだけ言って、彼女は空を仰ぎ見る。ゆっくりと赤みが増していく空には相変わらず雲ひとつない。やがてもっと赤くなり、そしてだんだん黒くなり、いずれ青空は夜空に変わるだろう。だけど不思議なことに、空の色が変わっていく様は容易く想像できたのに、彼女がそこにいない、という風景を僕は思い描くことができなかった。青空の下でも、夜空の下でも、彼女はたったひとりでこうして風に吹かれながら空を見ている。‥‥‥そう、僕の想像の中にいる彼女はいつだってたったひとりでここにいる。「孤独でないことは嫌いなの?」聞き返してみた。「わからないわ。私もあなたと同じ。」ほとんど間を置かずに返ってくる答え。「私、孤独は好きだと思う。ずっとひとりでも構わないって、ここにいるとよく思う。でも例えば私が、本当に世界でたったひとりだけの人間になりました、なんて、そんなこともし知ってしまったとしたら、多分私はそれから生きていけない。」ふと思う。家出少女の心理のようなものなんだろうか。何かの弾みで割と簡単にその少女は家を出る。出るけど、でも本当は行くあてなんかないし、帰る場所も結局その家しかないことだって、みんな少女にはわかってる。彼女にとって孤独とは、そんな風に家を飛び出すこと、なのかも知れない。そんなこと。だとしたら僕は? 家出しようと思ったことがない僕には、家出したくなる気持ちはわからなかった。でももしかしたらそれは、「気づいて欲しいのかも知れないね。私はここにいるよって、そ」‥‥‥気がついたら、思ったまま口にしてしまっていた。そんなこと口に出して言いたいわけじゃなかったのに。「ふふっ。そうかもね。」でも意外なことに、彼女は初めて、僕に笑顔を見せた。「寂しがり屋な人ほど孤独に強そうに見えちゃうのかも知れない、って私も思ったことあるよ。」どこか儚げな微笑み。「だからきっと、私、寂しいんだよね。でも強がりなんだよね。」このまま空に溶けて消えちゃうんじゃないかと心配になるくらい、「強がりだからね‥‥‥時々、泣いたりする。」本当に彼女はそこにいるのかどうか、それさえも曖昧にしてしまうほどに、「でも泣いてる自分を秘密にできるから、ひとりでいるっていいなって、そういう時にも思う。」儚げな、微笑み。「だから私、あなたのこと、ちょっと嫌いかも。」どうして彼女はこうも突然なんだろう。「‥‥‥そう。」返す言葉が見つからない。「うん。だって、あなたは痛いから。」どうして彼女はこうも曖昧なんだろう。「え?」返す言葉が見つからない。「さっき初めて会ったのに、もうあなたは私の奥に平気で踏み込めるようになった。きっと、あなたが一緒にいる限り、私は孤独になれない。」それは、「嬉しいの? それとも悲しいの?」「ほらね。そうやってあなたは簡単に私に踏み込んでくる。水の中を泳いでる魚みたいに、当たり前な顔して。」消え入りそうな彼女に向かって、手を伸ばしかけて、止める。「そうね‥‥‥嬉しいと悲しいと、今は両方、かな。」曖昧な上に複雑。「でもそういえば、先に話しかけてきたのはそっちの方じゃなかったっけ?」「うん。そうだったね。」頷く彼女はしかし、今ははっきりと僕を見ていた。風景は何も変わっていなくても、微笑む彼女が今度は確かにそこにいる。「だからきっと、私もあなたを選んだの。ここで私から誰かに話しかけたことなんて今まで一度もなかったのに。どうしてかな?」いるのかいないのかわからない曖昧な存在としてでなく。「そして、あなたは私を手に入れた。」だから僕は初めて、彼女がいない屋上の景色を思い浮かべることができた。その時彼女はどこにいたのか。‥‥‥ここではない、どこか。「じゃあ、君が手に入れたものは?」「多分、もう孤独になれない私。でも、孤独でない自分のことを、もうちょっとだけ好きになれるかも知れない、そういう私。」彼方、地平線を見渡すように動く彼女の視線を目で追った。「もしくは‥‥‥そうね、もしくは、」言いながら、ゆっくりと周囲を巡った視線は、もう一度僕に辿り着く。「より完全な、孤独。」‥‥‥何も持たない青空には奇蹟を隠す隙間もない。だからこの場所には、何かの弾みで偶然そうなっちゃうこと、なんてきっと何ひとつないんだと思う。「ねえ。ひとつだけ聞いてもいい?」そうして僕は初めて彼女に僕の名前を告げ、「僕もひとつだけ、君に聞きたいことがあるんだ。」僕は初めて彼女の名前を聞いた。

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