「おはよう、ハル」
ずーっと昔からよく知ってる声が布団の向こうから聞こえて、
「ふえ?」
「いつまで寝惚けてんのコラ。早く起きてよ今年も平日なんだから。学校でしょ?」
馬乗りになった誰かが僕を揺すっている。
「うわっうわっうわっ!」
揺すっているというか‥‥‥多分、馬乗りになった布団ごと、僕の頭を掴んでガンガン振っている。
「わかった! わかった起きます!」
降参して、布団から顔だけ出した僕に、
「わかればよろしい。‥‥‥おはよう、ハル」
郁ちゃんはそう言ってにっと笑う。
‥‥‥大体まあ、いつも通りの朝だった。
「今年も平日、って何?」
ふと思い出して、まだ乗っかったままの郁ちゃんに聞いた。
「だから、二月十四日。私の彼氏さんの誕生日。ついでにバレンタインデー」
「‥‥‥ああ」
そうだったかも。
「キミはあれから毎年露骨に残念そうな顔をするようになったなあ。いくらお姉さんでも流石にちょっと傷ついちゃうよ」
でも、一昨々年くらいから、僕にとってこの日はあんまり好きな日じゃないのだった。そういう気持ちがわからないって人は、誕生日とかバレンタインとかに託けて、男子も含めたクラス中の全員からチョコ押しつけられたり、その全員からホワイトデーにお返しくれって言われたりしてみるといいと思う。
「彼女さんのチョコだけ食べてればいいんだってハルは。だから私のは喜んでよ。ね?」
一昨年のこの日から、幼馴染みなだけじゃなくて、郁ちゃんは僕の彼女さんになった。
だから本当は、彼女さんにこんなこと言わせちゃいけない、ってわかってはいるんだけど。
「うん‥‥‥」
「しゃっきりしないなあ高校生にもなって」
今度は襟首引っ掴んで、高校生の彼氏さんを引きずり起こす、大学生の彼女さん‥‥‥もしかしてこれは、傍から見ると結構すごいビジュアルのような。
「要らなくてもあげる」
そう言うが早いか。
郁ちゃんの空いていた手が、どこからか取り出した小さな箱を空中で引っ繰り返す。
ばらばらと布団の上に零れたものは。
「アポロチョコ?」
答える代わりに、空箱を放り投げた手が、布団の上のチョコをひとつ唇に咥えて。
「‥‥‥って、わっ、郁ちゃ」
郁ちゃんは、掴んだままの僕の襟首を、自分の方へ引っ張った。
多分、そのまま僕が郁ちゃんに引っ張られてキスをして、そしたらチョコを口移しでとか、そういうようなのを想像してたんだと思う。
だけど。
‥‥‥ごちんっ、と鈍い音がして、
「うわ痛っ!」
僕も郁ちゃんも、すごい勢いでぶつけた額を押さえて、その場にうずくまるしかない。
「いたたたた」
「もう。ハルが素直じゃないからこんなことに」
「えええ‥‥‥僕のせいなの?」
どう考えても郁ちゃんのせいだと思うんだけど。
「そうよ絶対。そうに決まってる」
不貞腐れたような顔で郁ちゃんはそう言って、咥えたままだったアポロチョコをがりっと噛み砕いて。
「だから今度は」
それから、唇に別のチョコを咥えると、
「もっと確実に極めなくちゃ」
僕を布団に押し倒し、上から伸し掛かって、チョコと唇を押し当ててきた。
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