>アイコンをシールにしてキートップに貼ると御利益が増すとか(笑
「そんな嫌な御利益要らねー」
笑いながら呟いた僕、が眺めているブラウザの横で。
『ええ、あまり強くは叩かれない感じです。それにこちらはバックスペース派の方だったようで、うちのデリートちゃんは全然痛がってないみたいですね』
『え、それ羨ましいなあ。んっとにもー手癖の悪い人でさー、しかもなんかタイプミス多いのよこっち。あたしその度ばんばか叩かれちゃって、そうそうそれで聞いてよ本当にもう! 八つ当たりっていうか、キーボード壊すんじゃないのって勢いであたしのこと叩くのよ。間違えてんのはあんたであってキーボードのせいじゃないでしょって、いっぺん問い詰めてやりたいわ小一時間くらい』
『ああ、まあ、そういうのはないです。でも爪引っ掛ける感じで場所を探ってから叩かれるのはちょっと、くすぐったいというか、変な感じです』
『それはそれでなんか変な感じかもねー。でも痛くないならそっちの方がいいって絶対!』
通信プロトコルって奴が大体「PC同士が会話するために必要な決まりごと」なんて紹介されるコトもあるくらいだから、それを使って本当にPC同士が喋ってたっておかしいことは別にないのかも知れないんだけど。
何故か今でも時々画面のこっち側に出てくるコントロールさんが何やらウィンドウひとつ使って音声の代わりに文字でお喋りしている相手は、本人が言うには、長野だかどこだかにある別のPCのデリートさんなんだそうだ。
こういうのも「ネットワークシャカイ」とかいう理解でいいんだろうか。
‥‥‥本当にいいんだろうか。なんか最近よくわかんなくなってきた。
『っていうか誰なのかね? キートップにイラスト貼るとか言い出した人。叩くっていうかあたし顔殴られてんのよ指でがしがし。しかもイラスト付き! もうコレは虐待よ虐待。ストでも起こしてやろうかな』
『わ、本当に貼られちゃったんですか?』
『そうなの! しかもなんか、聞いたコトないような解像度のカラープリンタとかわざわざ買ってきて、最初にするのがそんなコトっ!』
『え‥‥‥そ、それはちょっと、何ていうかその』
『もう、アフォかと。ヴァカかと』
『ええと、こちらにはモノクロのレーザープリンタが2台しかないですから‥‥‥そんな印刷とか始められたらいきなり遺影みたいで嫌といえば嫌ですけど』
『きっとそのうち買ってくるわよそっちも』
『あの、大丈夫ですよね? そんなことのためにわざわざプリンタ増やされたりしませんよね?』
急に振り返ったコントロールさんが不安げに呟く。
「いやまあ、そういうつもりはないけど」
でも実際、カラーのインクジェットなんか随分安くなってるから、スキャナとかその辺纏めた複合機なら1台くらいあってもいいかも知れない、とは思わないでもない。その画像の印刷なんて別に用途としては計算してないが。
「ところで、ストってどうやるの?」
僕としてはそっちの方が気になった。逆に質問してみる。
『わたしたちを何だと思っていらっしゃるのですか?』
「キー」
一瞬、魂がすこーんと抜けたような顔、をコントロールさんは見せた。
『いえ、それはそうですけれど‥‥‥OSが立ち上がる度に、わたしたち姉妹が勝手に状況をリセットし続ける、という方法がいちばん簡単ですね』
「うわっそれ困るっ!」
三人揃ってるトコはウチではあんまり見ないから、コントロールさんが強制終了三姉妹の長姉だというコトをすっかり忘れていた。そんなコトされたらPCとしては使い物にならない。単純だし地味だが確かに効果的だ。
「でもそんなストなんかしても、調子悪いのと勘違いされて新しいPC買って来られちゃったりするんじゃないの?」
書き込んでみると、
『大丈夫よ』
画面の向こうのデリートさんが即座に答えを寄越した。
『あたし知ってるもん。HDDの「秘密」ってディレクトリの中身とか。その下に「謎」があって「本当に秘密」があって「見るな」があって「いい加減にしろ」があって「もう勘弁してくれ」があって「謝罪と賠償を請求しる」があって、えっとあと2個くらい何かあるんだけど、それで中身はなんか、えっちな画像? ちっちゃい女の子がぱんつ1枚でくねくねしてたりでろでろってしてたり、そんなのばっかりギガ単位』
くねくねはともかく、でろでろってどんな状態だ一体?
『こっちの人の場合、買い直したら集め直しだもん。嫌がるに決まってるって』
他所様のことだから口に出しては言わないが、その階層掘ったそいつはバカだ、と僕は思った。敢えてそんな風に秘匿しないといけないってコトは、そのPCはそいつ以外にも使う人がいるのかも知れないが、そんな誰がどう見てもあからさまに怪しいディレクトリ、チェックされない方がおかしい。
それで隠したつもりってんじゃどうにも‥‥‥ってちょっと待て。
「そういう持ち主の秘密とかって、秘密にしといてくれないの?」
『まあ、そういう心配はOSさんのお仕事ですから。もちろん、わたしたちが個別のデータに手を加えられるわけでもありませんし』
コントロールさんは答えてくれた。
『大体、わたしたち同士のお喋りに興味を持っている人なんていませんしね』
それはもう、にこやかに。
他愛ないお喋りがそれからもウィンドウの中を流れていくのを眺めながら、僕の秘密はどこまであっちのデリートさんにバレてるんだろう、とちょっと心配になった。
‥‥‥今度の連休あたり、プリンタ複合機なんかちょっと冷やかしに行こうかと思ってなくもなかったんだけど、アレはしばらく止めとこう。うん。
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