誰も観ていないテレビの中から、大しておもしろくもないバラエティの音声が垂れ流されている。
「テレビ、消しましょうね」
のんびりと言いながら、秋実とテレビのリモコンに手を伸ばすと、
「待って母さん。あたし観てる」
片方の要からは制止の声が飛ぶ‥‥‥が、明らかに、その要はテレビなど観てはいなかった。
「そうかしら?」
「すいません、俺も」
もう片方の、こちらもテレビの画面からは完全に視線が外れたままの要も、秋実を制する側に回るようだ。
「見てないだろ要」
今度は大輔が突っ込んだ。
「聴いてるんだよ」
「あ、それ。あたしも」
「‥‥‥そうか?」
「まあ、仲がいいのはいいことですわね」
「親のカタキを睨むみたいな目ぇしてるけど」
「あらあら」
大輔と秋実は顔を見合わせ、苦笑を漏らした。
暫く前まで卓袱台に並んでいた夕食はもうとっくに平らげられてしまっていて、その代わりに卓袱台に置かれたそれを‥‥‥どうせだったらその集中力をテレビの方にもちょっと向けてやればいいのに、と思うくらいの勢いで、一家四人がじっと見つめているのだが、
「取り返す。取り返す。取り返す。取り返す」
誰がどう贔屓目に見たとしても、その場の空気は『一家団欒』とは程遠かったであろうし、
「何言ってんの。渡さないわよ絶っ対!」
そのうちふたりについてはもう、『見つめている』というより『睨んでいる』の方が表現が正確であったかも知れない。
「いやあ、今年も始まったなあ、って感じがするなあ」
そんな中‥‥‥左右から飛んできた視線が卓袱台の上空でぱちぱち火花を散らすのを眺めながら、大輔は至って呑気にそんなことを呟き、
「模様替えのついでに、今年も大掃除ね」
こちらものほほんと答えつつ、正面の秋実は何故かまだ持っていたテレビのリモコンを床に置き、代わりに手にした急須から、四人分の緑茶を湯呑みに注ぐ。
「ああ悪いけど母さん、今年は模様替えなんかナシよ。あたし負けないから!」
これ見よがしにブラウスの袖など捲りながら、大輔から見て右側の要は鼻息も荒い。
「いいや。絶対引っ越す! 見てろ、今度こそ絶対引っ越すからなっ!」
左側の要は薄手のパーカーをその場に脱ぎ捨てた。こちらもやる気満々といった様相だ。
「そうねえ。勝つのは誰でもいいんだけれど、去年は要の勝ちだったから、今年は負けてくれると助かるわ」
「あ、ちょっ! どっちの味方よ母さん!」
「どっちのって、そうねえ‥‥‥ええと、大掃除になりそうな方?」
秋実は相変わらずのマイペースだった。
「ああ、ちなみに、わたしか大輔さんが勝ったら、それはそれでやっぱり大掃除ということで」
「大人気ないんだから母さんはもう」
「大人気ないって‥‥‥わたしと大輔さんは一緒のお部屋なのに。勝ったとしても、ひとり三畳ずつよ?」
ちなみに現状はといえば、大輔と秋実がそれぞれ二畳強ずつ、ということになるのだが、箪笥の類も置かれているわけだから、それは当然『ひとり分のフリースペースが二畳強』ということではない。
「困んないでしょ母さんは別にそれで」
「それはそうだけれど」
ちなみに秋実のどのあたりがマイペースかといえば、『それはそうだけれど』などと口に出して言ってしまうあたりが、ということになる。
向かいの大輔は照れたように頬を掻いていたが、
「うーん。それじゃまあ、大掃除はあんまり気が進まない同士、仲よくしようか要ちゃん」
殊更明るい声で、次にはそんなことを言った。
「はい! 任せてください、あたし今年も絶対勝ちますからっ!」
「どっちの親だよ親父‥‥‥」
「どっちのって、何を言ってるんだ要」
今度は呆れたように呟く。
「両方に決まってるだろ。全員、家族なんだから」
▽
この四人が全員でひとつの家族になって、このゴールデンウィークが四度目のゴールデンウィーク、ということになる。
榎本大輔のひとり息子と笠原秋実のひとり娘が、たまたま中学一年の同い年で、名前も同じ『要』であったことは、無論、まったくの偶然であるのだが‥‥‥取り敢えずそれは、これから夫婦になろうとしている大輔と秋実にしてみれば、本当に偶然の一致でしかないのだが、
「まさかとは思うけど母さん、もしかして『要』って連れ子がいる相手とかばっかり探してた、とか」
どうやら、少なくとも要たちの方はそう思ってはいなかったようで。
「怪しい‥‥‥親父だったらやりかねない‥‥‥」
この四人が初めて全員顔を揃えた、まだ春浅いある日のファミレスで‥‥‥ふたりの要は、何やら妙に渋い顔をしていたものだった。
「そんなわけないだろう。っていうか要、お前一体俺を何だと思ってるんだ」
「そうよ要も。いきなり意気投合しているのはいいことだけれど、わたしも大輔さんも別にそんな」
「意気投合なんかしてねー!」
「意気投合なんてしてません!」
こんな風に声が揃ってしまうようだから『意気投合している』とか思われてしまうのであろう。
ふたりの要はちらりと顔を見合わせ、次にはふたり同時に、ぷい、と明後日を向く。
「ほら大輔さん、タイミングがそっくり」
そのリアクションがよほどおかしかったらしく、さっきから秋実はけらけら笑っている。
「誰に似たんだろうなあ」
呟いた大輔は要の実父だし、まだ笑っている秋実は要の実母だ。
「他に誰がいるんだよ」
息子の方の要が呟く。
「そうよそうよ」
娘の要も相槌を打つ。
‥‥‥で、もう一度顔を見合わせ、
「ふんっ」
もう一度、わざとらしく顔を逸らした。
「まあ、この分なら」
「仲よくやっていけそう、ですかね」
一方、大輔と秋実の方は特に顔を逸らですもなく、やや照れたような顔で笑いあっている。
これから再婚しようとしているふたりが、そうなる前からぎすぎすしていたのでは仕方がないから、これはこれで、よいことには違いないのだろう。
今日、この場に集まる前に、ふたりの要はそれぞれの親から詳しい用向きを聞かされていたわけではない。だが、結果として出揃った顔触れを見れば‥‥‥常識で考えれば、事情の大方には察しもつこうというものだ。
「どこをどうするとそういう結論になるのよ‥‥‥」
「まったくだ‥‥‥」
共に明後日の方を向いたまま‥‥‥初めて出会ったふたりの要は、それでも、それなりにわかり合えているようにも見える。
本人同士が本当はどうかは本人に訊かないとわからないが、取り敢えず、端から見ている分には。
「それでな、ふたりとも」
改めて、大輔が口を開いた。
「まあ、そこはいろんなことがいろいろあってな。実はこの二年ばかり、俺と秋実さんは交際というか、その何だ、まあ、付き合ってきたわけだ」
元から身体の弱かった大輔の亡き妻が世を去ったのはもう随分と昔、要を生んで僅か数年のことだ。もうひとりの要と同じように‥‥‥恐らくは不幸なことに、こちらの要にも実母の記憶はほとんどない。
それからずっとひとりだったのだから、そういう話が出てくることが不自然なことだとは、息子の方の要は感じなかった。
「俺も初婚じゃないが、実は秋実さんも初婚ではなくてな、そういう縁もあったりなかったりして」
「あったりなかったりって、どっちだよそれ」
息子はそんな風だが、中学生になった息子にわざわざこんな告白をする父親というのは、やはり何か、照れくさいものなのだろうか。
「どっちだろうなあ‥‥‥」
いつもであればすかさず言い返しそうなものだが、その時の大輔は、かりかりと頭を掻いたに留まる。
「あったんじゃないでしょうか? ふふっ」
要と大輔を交互に眺めながら、秋実は何だかおかしそうに笑った。
「前の時には、わたしも要もいろいろありましたし」
それは本来、笑いながら話せるようなことではない。
こちらの要が実父のことをよく憶えていないのは、この件についていえば幸福なことであったかも知れない。所謂『家庭内暴力』という奴で、見かねた両親に連れ戻されるなり、ごく短い期間とはいえ、秋実は入院加療を余儀なくされた程だったのだという。
「今回も、ひとこと『榎本さんと再婚するかも』と言っただけで、危うくわたしの両親に軟禁されかかりましたが。というか、実際にちょっと軟禁されましたが」
よりによってそのDV男も『榎本』姓だったという事実が、大輔にしてみれば、この問題において最も気まずい部分であった。
俺が何をしたっていうんだ、と大輔は思うが‥‥‥大事なひとり娘を嫁に出した相手がそんな男だと知ってしまった後なのだから、それはそれで、娘親としては自然な反応なのかも知れない。わからない話でもなかった。
「え‥‥‥ちょっと、まさか母さん、先週何日か帰ってこなかったのって」
「あら。実家にいます、って言わなかったかしら?」
一方で、爾後旧姓に戻った笠原さんの母子家庭には、
「初めて聞いたよそんなこと! 今!」
「そうだったかしら?」
それに伴う、何やら別の問題があるらしい。
「それに、ええと、電話番号でわかるかと思って」
「だーかーらー‥‥‥あの黒電話の一体どこに、相手の番号が見えるディスプレイなんか付いてるの!」
これがまた、本当に黒電話なのであった。
「あらあら、まあまあ、そういえばそうだったわね」
それこそNTTがまだ電電公社だったくらい昔から使われ続けている骨董品である。ナンバーディスプレイどころか留守番電話機能もないし、大体、ダイヤルには数字しかないから、シャープや米印の類もない。
「つ、疲れた‥‥‥何日か分、纏めて疲れた‥‥‥」
娘の方の要は、その場にがっくりと項垂れる。
「ほい」
まだ明後日の方を向いたまま、息子の方の要が、その手元に新しいウーロン茶のグラスを置いた。
「あ、ありがと」
項垂れたまま、要は小声でそう言って、それから、少しだけ、そのウーロン茶を口に含んだ。
一応それは『話が弾んでいる』ということなのであろうから、そういった意味においては喜ばしいことであっただろうが、
「‥‥‥話を戻すけど」
その後も、放っておくと際限なく逸れていってしまう話の軌道を、大輔はようやく修正に掛かった。
「とにかくだ。秋実さんと俺は、そろそろ‥‥‥あー、ふたりにしてみたら急な話かも知れないんだが、今度のゴールデンウィークぐらいを目処に、再婚したいと思ってる。まあ要とか、要ちゃんが嫌だっていうなら話は違うんだが、取り敢えず、その辺どうだ要は」
「どうだ、って言われても‥‥‥」
きっと要は、何かを必死で考えている。
「別にいいっていうか、うーん、正直、俺にはまだよくわかんないっていうか」
多分、話しながら次の言葉を選んでいる。
「いや、悪い人じゃないと思う。そういう心配してるとかじゃなくて‥‥‥でも、秋実さんっていったっけ、のことも、それから、こっちの要、さん、も。どっちも、俺にとってはさっき初めて会った人だし」
だから、あまり流暢でない感じで、しばしばつっかえながら要は話す。
「もっと長い時間一緒にいたらどうなるかなんてわかんないけど、今は別に、どっちかのこと嫌いとか、嫌だとか、そういうの何もない。それと‥‥‥そういう風に親父が間違うの見たことないから、多分これからも、このふたりにはそういうの別にないんだろうな、って今は思う。だから、親父と秋実さんがそれでいいんなら、俺はいいことだって思うけど」
ああ‥‥‥大輔さんの息子さんだ、と秋実は思う。
「‥‥‥ありがとう、要くん」
だから、そんな要を、秋実は嬉しそうに見つめた。
「それで、要はどう? こちらの大輔さんが、今日から要のお父さんですよ、っていわれたら」
「んー」
大輔でも秋実でも、もうひとりの要でもなく‥‥‥目だけを動かして、要はどこか天井の片隅をじっと見つめている。
「んーと、あたしも、そこは大体同じかな」
それは何か難しいことを考え込んでいる時の仕草だ、と秋実は知っているし‥‥‥多分そうなんだろうと、初めてその仕草を目にした大輔も思う。
「好きか嫌いか今決めろっていわれても、確かに、すぐにちゃんと答えを出すのは難しい。っていうか無理」
物腰はあんな風だが、笠原秋実という人も、言うべきだと思ったことはきっちり言う人だ。‥‥‥秋実さんの娘さんだなあと、さっき秋実が感じたようなことに、大輔も小さく頷く。
「それで‥‥‥ね。わたしも、そっちの要くんも、将来的には、嫌だったら出て行けるじゃない。これから結婚するの、別にわたしと要くんじゃないんだから」
「そうなったら寂しいけれど、でも、そうねえ」
本当に寂しそうに、秋実が口を挟んだ。
「だから、そういう風に気にしてもらえて嬉しいけど、でも多分こう、結論はそこじゃないんだよ。うん」
自分の言葉に自分で頷きながら、
「取り返しがつかないのはあたしたちじゃないから、母さんと、お父‥‥‥ええと、大輔さんでしたっけ? のふたりが、後になって後悔しないようにするのがいいって、そういう風にあたしは思う。と、思います」
天井に目を向けたまま、そんな風に、要は自分の意見を締めた。
「こう言っちゃ悪いけど、中一の子の意見とはとても思えないなあ‥‥‥ちょっと、驚いた」
馬鹿にして言っているのでないことは、大輔の顔を見れば誰でもわかることだった。
「うーん。やっぱり、母子家庭に父子家庭でしたから、わたしたちが気づかなかったところで、別にする必要のない苦労をさせてしまっていた、ということなのかも知れませんねえ」
秋実は申し訳なさそうな顔でふたりを見た。
「別にそんな変な苦労とかしてないと思うけど」
「俺も。余所んちは自分んちじゃないし」
その点、要たちはけろっとしたものだ。
「まあそれはとにかく‥‥‥俺と秋実さんが結婚して、ここにいる四人はこれから家族っていうことで」
改めて、大輔が話を切り出したが、
「頷いたら頷いたで、その後に考えないといけないこともいろいろあるとは思うんだが、まず『家族になる』ってところは、それでいいか?」
今度は何やら妙な前振りが付いていた。
「‥‥‥考えないといけない? 何を?」
要が首を捻る。
「いやそれがだな。まず要、誕生日は何月何日だ」
「え? 何だよ親父、そんなこと何でわざわざ」
「いいから」
「え、うん。五月三日」
「うそ‥‥‥ちょっ、それ本当!?」
何故かそこで、もうひとりの要が驚く。
「ええ。わたしも最近知ったんだけど、要と要くん、年だけじゃなくて、お誕生日も一緒なのね」
「え、そんなことって!」
思わず、要同士が顔を見合わせる。
「一緒なのはそこまでで、生まれた場所なんか全然違うからな。そういうことだってそりゃあるんだろうが、わかった時は俺もちょっと驚いた」
「って、まさか母さん」
おもしろくない芸人でも眺めるようなジト目で、要は自分の母親を睨めつけた。
「何となくそんな気はしてたけど、本当はやっぱり、そういう条件で再婚相手を探してたんじゃ」
「親父‥‥‥」
「ちょっ、待てふたりとも。誤解だ。これは偶然」
「本当かぁ?」
「怪しいよねぇ」
さっきまで顔を背けていた要たちが、今度は何やら妙なチームワークを発揮していた。
差し当たり、このふたりについては心配なさそうだ。時々喧嘩くらいはするのだろうが、それはそれとして、基本的には仲よくやっていくだろう。
「嗚呼、要も要くんも信じてくれない‥‥‥よよよ」
そのチームワークで問い詰められているのが自分たちである、という事実を除けば、の話ではあるが。
「よよよじゃなくって。じゃあ、あたしとこっちのどっちが兄とか姉とか、そういうのはどうなるの?」
当事者として、当然の疑問ではあるだろう。
「んー。さらに細かいことをいえば、要は明け方で、要ちゃんは昼頃らしいんだよな。だから、先に生まれてるのはウチの要で間違いないんだ。でもなあ」
大輔は腕を組む。
「でもなあ、って何だよ」
「ほら。双子の場合は、後から生まれた方がお姉ちゃんになる、みたいなことも言われるでしょう? それで、いろいろ考えていたら‥‥‥何だかもう、わたしたちにもよくわからなくなっちゃって。ふふ」
笑いながら、秋実はそんなことを言う。
「いやそれ全然笑いごとじゃないんですけど」
「まあそうなんだが、でもこれ、深刻に考えたから何か決定打が出るってもんでもないだろうし。それで、考えるの止めようかと思ってる」
大輔は何やら呑気なことを言っている。
「ちょ、そんな無責任な!」
「いやいや、よく考えてみろ要。どっちが先に生まれていようと、お前が『長男』で要ちゃんは『長女』だ、っていうことは変わらないだろ?」
この件についてだけいえば、要たちの性別が一緒でなかったことが、むしろ幸運な方へ作用したのかも知れなかった。どちらも男性、あるいは女性であったなら、とにかく『長』か『次』をそれぞれに割り当てる必要に、この家族はもっと切実に迫られた筈だ。
「‥‥‥そりゃまあ、そうかも知れないけど」
「なんかこう、上手ーく言いくるめられてる気がするんですけど‥‥‥」
どちらの要も釈然としない様子ではあるが。
「だからまあ、考えてもしょうがないが、決める必要はあるわけだ。そこで」
おもむろに大輔が席を立つ。
にこにこ笑いながら、秋実がそれに続く。
「取り敢えず、新居に案内しよう」
「‥‥‥へ?」
もう一度、ふたりの要は顔を見合わせ、首を捻った。
▽
その十数分後、初めて榎本一家を迎え入れた新居の居間‥‥‥つまり、現在彼らが仲よく卓袱台を囲んでいる部屋で、榎本家史上初めての、その勝負は行われた。
この年はまだ、大輔も秋実も直接参加はせず、故に勝負はふたりの要たちによる直接対決。
たまたまそこに置いてあって、どちらもあまり得意でないから、という理由により、種目はオセロ。
結論からいえば、その年の勝者は『要くん』の方だった。‥‥‥実力差がどうこうというより、『要ちゃん』の方にあまり勝つ気がなかったことの方が、結果に与えた影響は大きかったようだ、と大輔は後に述懐する。
『えええっ! ちょ、何でそれ先に言っといてくれないのよ!?』
『うわー、勝っといてよかったー‥‥‥』
『冗談じゃないわよ! 今のナシ、ねえもう一回!』
もっとも、実はその勝負に賭けられていた副賞の存在とその内容を知った途端、敗者の方は、本気で掛からなかったことを後悔する羽目に陥ったのだが。
『わたしと大輔さんも混ざりたいわ、楽しそうだし』
『いや楽しそうとか言ってる場合じゃなくて! ちょっと、あたし本当に困るんですけど!』
『うふふっ』
『だーっ! 母さんってば!』
秋実の鶴の一声により、翌年以降、何故かその勝負には大輔と秋実も加わることになった。
参加者が四人に増えたので、四人同時に遊べるものに種目が変更され、この年のルールは大富豪。
大輔・秋実ペアはどらちが勝っても一位、となると不公平なので、この年の場合でいえば、大富豪と富豪を独占した場合のみが『ふたりの勝ち』と定義された。
そうならなかった場合はより上位の結果に終わった要が勝ったことになる。
‥‥‥のだが。
『大人気ないにも程がある‥‥‥』
『大人も子供もあるか馬鹿。こういうことこそな、真面目にやんなきゃ意味ないんだ。残念だったな要』
『むーっ! また勝てなかったあああっ!』
結果はといえば、あっさりワンツーを決めた大輔・秋実ペアの勝利に終わり、そのゴールデンウィークのうちに、副賞の引き渡しも滞りなく済んだ。
最早‥‥‥執念が違った、と言わざるを得ない。
『背中が煤けてるわ、要』
『くっ』
『でも意外と楽しいのね、ドラえもんのドンジャラ。ねえ、もう一回やらない?』
『ようやくあたしが勝ったって言うのに、みんなノリ悪いなあ‥‥‥』
二年連続敗退の屈辱を雪ぐ劇的な勝利により、とうとう『要ちゃん』が副賞を受け取ることになる。
これが、去年の今頃のことだ。
ところで。
四年前から『榎本家』となったそのマンションの一室には、居間や台所、納戸の類の他に、ふたつの四畳半とひとつの六畳間が配されていた。
どれを誰の部屋にするか。
大輔と秋実で決めてしまえば話は簡単だったし、だからどちらの要も、当初は『自分の部屋は四畳半』だと思っていたのだが‥‥‥なんとその六畳間は、後に行われた勝負の『副賞』として供されたのだ。
そして今。
二年越しの念願叶って、憧れの六畳間の主となった要にしてみれば、他の誰かにその部屋を明け渡すつもりなどさらさらない。
最初に勝って以来、二年連続でチャンスを逃している要としても、この機会に六畳間を奪回したいところだ。
かくして今年も、ふたりの要が卓袱台を挟んで睨み合うことになる。
‥‥‥それは、あと何日かでゴールデンウィークに突入する頃、あと何時間かで日付が変わる頃のこと。
「じゃ始めるか‥‥‥なんか恐いなこれ」
言いながら大輔は、妙に背の高い箱の蓋を開け、おぼつかない手つきで、卓袱台の上に中身を引っ繰り返す。
どうやら、今年はジェンガでやるらしい。
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