「透子さ、っ」
押し殺した声と共に、放たれた誠一の精子が、透子のいちばん奥を何度も叩く。
「ん、んっ、せい‥‥‥ち、く」
タオルケットの中、誠一の腕の中で、何かに耐えるように透子は背を逸らし、手足の指をぎゅっと握る。
同じように太股に力が込められたのは、間に挟んだ誠一を離すまいとしているのか。
「っ、あ」
透子の唇から零れたそれが、声で呟いたつもりなのか、音が漏れただけなのか、誠一にはわからなかったが‥‥‥ともかくも、その音を最後に、透子はくたりと敷布団の中に沈んだ。
「ふう、っ」
同じように倒れ込みながら、誠一は最後に身を捻った。
まっすぐに透子の胸に向かっていた身体は、結局は透子の脇に着地する。
そのままストレートに頽れると、透子の上にそのまま乗ってしまうことになる‥‥‥だから、これでいいと誠一は後で思ったが、動いた時にそこまで考えていたのかどうかは、実は誠一自身にもよくわからなかった。
「そのまま、倒れてくれてもよかったのに」
掠れた声で呟いて、透子はのろのろと伸ばした右腕の上に誠一の頭を置いた。
「うで、まくら? ‥‥‥って普通、男が」
混ぜ返す誠一の息もまだ荒い。
「あ、腕が痺れたら交代して欲しいかな」
腕枕ってそういうものなんだろうか、と誠一は思う。
「いいじゃない。どっちか一方だけじゃなくて」
呼吸を整えてから、言葉の続きを口にする。
「支えられる方が、支えたらいいのよ。そんなに難しいことじゃないと思うけど」
「うーん」
「‥‥‥ふふっ」
何やら難しい顔で明後日を向く誠一の顔を、透子はおかしそうに見つめている。
「なんか僕、やっぱり子供扱いされてる気が」
今度は、誠一は口を尖らせた。
「んー。どうなのかしら」
「否定しないんだ‥‥‥」
「肯定もしません。っていうか」
今度は透子が、何やら難しい顔をする。
「関係って、ひとつしかないのかな、って」
「ん?」
左手を天井に向けた。
窓からの月明かりに青白く照らされるのは、ぴんと伸ばされた五本の指。
「誠一くん。私の、恋人。多分、そのうち、私の旦那様。おじさまのひとり息子で、『すずらん』の現オーナー。ワンコちゃんの飼い主」
数えながら折った指がちょうど五本。
「だってほら、ちょっと数えただけでこんなにあるのよ、誠一くんの立場って。きっと、もっとたくさんあると思う。私が知ってるのも、私がまだ知らないのも」
「‥‥‥それは、そうだろうけど」
「でね。恋人、の前は、私と誠一くんは従姉弟のお姉ちゃんと弟みたいだったかも知れなくて」
折った小指を伸ばす。六つめ。
「それで私たち、恋人になって一年経ったけど」
そこまで言ったところで、
「だからって、他の全部をなしにしちゃわなくても。恋人、っていう私たちだけになっちゃわなくても」
透子は突然、残りの指もぱっと開いてしまった。
「全部本当なんだから、全部やったらいい、って」
「え、それって、透子さんの弟分もまだ続行?」
誠一の表情がやや曇る。
「だって年の差は永遠に変わらないもの」
「‥‥‥うわ、永遠にこのまんま?」
「それはそれだけのことよ。他のことは別のこと。誠一くんのこと、すごく頼りにしてる部分もあるし」
「え、どんな」
思わず口にして、しまった、という顔をする。
こういう反応が子供っぽいのではないか。
「ええ。例えば、そういうところ」
ところが透子はそんな風に頷いて、
「そんな誠一くんだから、ワンコちゃんともすぐに仲良くなってくれたし‥‥‥あのワンコちゃんとすぐに仲良くなれちゃった誠一くんなら、これから始めようとしてることだって、きっと上手くいく、って信じられる」
天井に向けていた手のひらを、誠一の頬に降ろした。
「それはまだ勉強中だけどね」
次の『すずらん』をペットたちの託児所にする構想。
今やそれは、誠一ひとりだけの夢ではない。
「でも、ほんの一年前までは想像もしてなかったようなお仕事でしょう? 勉強中なのは当たり前だと思う」
とはいえ、透子がそう言うのも尤もなことだ。
「それに、少しくらい苦労してくれないと、もう勉強しちゃった私がちょっと悔しい」
「何ですかそれは」
‥‥‥そんなに尤もでもないかも知れない。
「さ、難しい話はこのくらいにして」
言いながら、透子は誠一に抱きついた。
「あんまり話してると、ほら、ワンコちゃんたちが起きて来ちゃうかも」
「うあ」
およそ一年前のあの光景が、ふたりの胸に去来する。
「‥‥‥寝よっか」
今度は誠一の左腕に、透子の頭をちょんと載せた。
「あ。何かこれ、安心する。すぐ寝ちゃいそう」
「寝ちゃっていいよ。おやすみ、透子さん」
「ん。おやすみ‥‥‥」
程なく、透子がすうすうと寝息を立て始める。
「おやすみなさい」
空いた手で透子の長い髪を何度か梳いて、それから、誠一も目を閉じた。
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