天使魚 / 織倉宗

 そうして深みをゆく間、ほんの僅かな唇の隙間から、少しずつ、胸を満たした空気を吐き出し続けている。
 息を吸うことはできないけど、そうしていないと胸が苦しくて‥‥‥それに、そういえば。
 そういえば、そうしていることは、あのトロンボーンを吹くことにどこか似ていたような気もする。
 水音だけが静かに響くプールの底で、気がつくと、伸ばしたままだった右の腕を曲げていた。
 煙草を吸う人のように手のひらを顎に向けて、唇の両端よりも指一本分くらいずつ内側のあたりに人差し指と中指をあてがってみるけど、そうして振るわせた唇がたてる音よりも、大袈裟に漏れ出した無数の泡が鳴らす音の方が何倍も派手に耳に届いて。
 驚いて、ついその場で床に足を着けてしまう。
 潜ったままで向こうの壁まで行くつもりだったのに、立ち上がったそこはまだプールの真ん中あたりだった。


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